ミーコとギター

「ミーコとギター」は1991年11月に発売された2ndアルバム「名前をつけてやる」に収録されました。

作詞・作曲:草野正宗、編曲:スピッツ

ミーコの声は誰よりも強い だけどはかない

そしてミーコの彼はミーコの彼じゃない

誰も知らない

いつかは二人で 幸せになりたかった

手垢まみれのギターと今日も

ここまでの部分で、ミーコと自分の関係が説明されています。

ここで使われている「声」とは、”国民の声”といったように使われるものでしょう。つまり、ミーコの思いは誰よりも強いのだけれど、「はかない」もろくて長続きしない、不確かであてにならない、ということ。

「そして」「ミーコの彼はミーコの彼じゃない」この部分は、”ミーコと自分は表向きは恋人同士に見えていたかもしれないけれど、実際はミーコの気持ちをしっかりとつかむことはできてはいなかった”という意味だと考えます。自分の気持ちの方が遥かに強くて、「彼」であるけれども、本当の意味での「彼」ではない、ということです。

ここまでをまとめますと、”ミーコはとても情熱的だったのだけれど、その情熱は大変に不安定で不確かで、自分はミーコの本当の意味での恋人にはなれてはいなかった”ということになります。

そして、続く「いつかは二人で幸せになりたかった」の「二人で」に私はとても切なさを感じます。一人の思いではなく「二人で」関係を築くことができなかったことに思いを残している感じがよく表現されていると思います。

さて、「ギター」という言葉がここで出てきますが、ここでは男性の陰茎の隠語として使われているようです。ギターはギターを弾くミュージシャンにとっては息子のようなものだからでしょうか。この後も「ギター」と出てきたらそう思ってくださいね。

ミーコのぎこちないギターもいい すごくせつない

そしてミーコのうたう恋のうたもいい なぜかうれしい

憧れるだけで憧れになれなかった

手垢まみれのギターと今日も

ミーコのしてくれる「ギター」は「ぎこちなく」慣れていない感じで、それが「すごくせつない」恋しくて胸が締め付けられるようだ、と愛しい気持ちが歌われています。

「そして」「ミーコのうたう恋のうた」”歌”と”語り”が違うのは、語りが事実を伝達するのに対して、歌は感情を伝えるのが最大の目的としているところです。ですので、ここでは”恋の感情を伝えてくれること”ということでしょう。そのあとの「うれしい」はわかるのですが「なぜか」が不思議だと思いませんか。私は、これは先に出てきた「ミーコの声ははかない」に繋がっていると思います。この感情は”不確かでもろい”ということを自分はわかっているのです。それなのに「なぜか」嬉しい。この単語で、さりげなく、しかし的確に男性の気持ちを表現しているところに素晴らしい才能を感じます。本当に切ないですね。それから、この二文「そして」で続いているので、「ミーコのうたう恋のうた」は性交時のものだと想像します。

「憧れるだけで憧れになれなかった」ここまで読んでくるとすっと入ってきますね。”ミーコは自分にとって理想の女性で、強く心惹かれ思い焦がれていたのだのだけれど、ミーコにとって自分はそういう存在にはなれなかった”。

もし自分がミーコの「憧れ」になれていたら、先に出てきた「いつかは二人で幸せ」になれていた、そこにもつながっているように思います。

一人よがりじゃなくて 嘘じゃなくて

大きな”パパとミーコ”のようなギターと

今日もうたうよ裸の世界を

そんな、自分の気持ちが圧倒的に強く、まるで翻弄されるような付き合いでしたが、「一人よがりじゃなくて 嘘じゃなくて」ギターは「”パパとミーコ”のよう」でした。つまり、”二人の関係から一人よがりや嘘と思われるかもしれないけれど、ギター自身は、ミーコに対してまるでミーコの父親のような力を持っていたのだよ”というところでしょうか。ちょっと男性の虚勢のようにも聞こえますがさてどうでしょうね?

ここで、最初の段から出てきていましたが触れていなかった表現について以下にまとめて書きます。

3つの表現をまとめますと、「手垢まみれの」「大きな”パパとミーコ”のようなギター」「と今日もうたうよ裸の世界を」となりますから、これまで読んでくると想像できますよね。

「裸の世界」を「うたう」とは、裸で二人で行った行為や、その時の先程出てきた"ミーコのしてくれたギター""ミーコの恋のうた"に思いを馳せて、ということでしょう。「大きな」は男性の身体の仕組みの通りですね。「手垢まみれ」は自分の手で数多く、「今日も」は頻度が高いということでしょうね。関係は終わってしまったけれど、まだ恋しいミーコとのことを思い出して今日も…

ミーコの声は誰よりも強い だけどはかない

そしてミーコの彼はミーコの彼じゃない

誰も知らない

いつかは二人で 幸せになりたかった

手垢まみれのギターと今日も 

これは、気が強くて人気者でデートしている最中にも知り合いの男性が集まってきて自分は放っておかれてしまうような女性が好みでお付き合いしていたと公言しているマサムネさんの実体験でしょうか、それとも、そんなお付き合いの延長線上にあるものを想像した世界でしょうか。

 

ギターや歌、声という言葉に上手く意味を乗せた少し不思議な表現で、切ない恋する”生身の”男性の気持ちを歌った曲でした。