日曜日

「日曜日」は1991年11月に発売された2ndアルバム「名前をつけてやる」に収録されました。

作詞・作曲:草野正宗、編曲:スピッツ

晴れた空だ日曜日 戦車は二人をのせて

川をのぼり峠を経て 幻の森へ行く

きのうの夢で 手に入れた魔法で

蜂になろうよ

このまま淡い記憶の花を探しながら

”晴れ晴れとしたおやすみに、戦車で川を上り一番高い峠を経て、幻の森へ行く...”

なんだかファンタジーの世界のようですね。

続く言葉も、「きのうの夢で手に入れた魔法で」”夢のような時間に手に入れたまるで魔法のような力”とあり、こちらもファンタジーのような表現で恋を予感させます。

「きのう」というのはごく近い過去のことも表しますので、具体的に一日前の話ではないかもしれません。この間、という意味でもしっくりきますね。

「蜂になろうよ」「淡い記憶の花を探しながら」蜂は花で受粉をしますので、これは交わることを誘っているのでしょう。

「淡い記憶」は「幻の森」とリンクしているように感じます。森は大きな安心を得られるリラックスできる場所、遠い昔に感じていた大きな安らぎのような花と空想の森、そんな中で受粉しましょう、と誘っています。

破れかけた日曜日 パンチの光を浴びて

レモンの香る湖に 飛び込んだ君の背中

鬼の群れも木陰でうたたね

蜂になろうよ

このまま淡い記憶の花を探しながら

 二人を乗せているのがどうして「戦車」なのかがここで歌われます。

「パンチの光を浴びて」殴られて、目の前に星が散るようなイメージです。それで「破れかけて」います。ボロボロという印象です。

「鬼の群れも木陰でうたたね」とありますので、これは「鬼の居ぬ間に洗濯」、心の洗濯のことでしょう。「レモンの香る湖」とはレモンの香りの石鹸で心の垢を洗い流す、ということかもしれませんね。

普段は”戦って”いるんですね、それで、「戦車」に乗っていると表現していました。

そしてダメージを受けています。

遠い昔、まだ戦っていない頃には、いつも安らぎの中にいました。おやすみにはそんな昔に感じていた心の安らぎを求めているようです。

色白 女神のなぐさめのうたよりも

ホラ吹きカラスの話に惹かれたから

 なぜ戦っているのか、それが次に歌われます。

「女神」は正義のシンボルです。「なぐさめ」とは心に潤いを与えたり楽しませること。反対に「カラス」は悪魔や魔女の使いや化身と言われます。「ホラ話」とは大げさに言い立てられた作り話のこと。「色白」はカラスの黒と反対言葉を使っていて面白いですね。

ここの部分は、”正しくまっとうにいい人として生きるよりも、少し大げさなホラを吹くように楽しく生きる方を選んだから”、とも読めますし、”清廉潔白な大衆受けする音楽をするよりも、人をまどわすようなヘンテコな音楽に惹かれて活動しているから”、とも読めます。

私はスピッツならば後者と読むのが面白いかなと思いましたが、皆さんはいかがでしょうか。こう読むと、”パンチの光を浴びて”とは、全然受けないとか、理解されないとか、客がしらけているとか、そんなイメージがわいてくるんです。

晴れた空だ日曜日 戦車は唾液に溶けて

骨の足で駆けおりて 幻の森へ行く

きのうの夢で 手に入れた魔法で

蜂になろうよ

このまま淡い記憶の花を探しながら 

 「唾液に溶けて」「骨の足で駆けおりて」二人は”感情が上り詰めた”「峠」で口づけを交わして、この歌の主人公の心はとろけてしまいました。峠から下ったところに幻の森はあるので、とろけた身体で大急ぎで幻の森へ向かいます。

 

普段はとても厳しい世界に生きていますが、おやすみに愛しい恋人と交わることが大きな安らぎになるんですね。とても男性らしい、マサムネさんらしい表現だと思いませんか。タイトルは「日曜日」と表現されていますが、”安らぎの中で安息を得る日”、という意味に感じます。

 

そんな風に思える相手と出会えた喜びと、その相手と交わり普段の厳しさから逃れて安らぎを得たいという気持ちが、ファンタジーの世界に出てくるような言葉を借りてロマンティックに楽しく表現された曲でした。