ナイフ

「ナイフ」は1992年4月に発売されたミニアルバム「オーロラになれなかった人のために」に収録されました。

作詞・作曲:草野正宗、編曲:長谷川智樹 with スピッツ

君は小さくて 悲しいほど無防備で

無知でのんきで 優しいけど嘘つきで

もうすぐだね 3月の君のバースデイには

ハンティングナイフのごついやつをあげる 待ってて

マサムネさんは過去のインタビューで「「ナイフ」に出てくる女性は(好みのタイプということではなくて)ごついハンティングナイフとイメージが真逆の女の子を想像して書いた」ということを話されていました。

歌詞に書かれている内容もその通りで、「小さくて、悲しいほど無防備で、無知でのんきで、優しいけど嘘つきで」、そして、「3月生まれ」ということで同じ年度生まれの中で最も遅く生まれた、と幼くて弱くて保護を必要としているような印象を与える言葉が並んでいます。

全て「ハンティングナイフのごついやつ」が引き立つように言葉が選ばれていますね。

君がこのナイフを握りしめるイメージを

毎日毎日浮かべながらすごしてるよ

目を閉じて不完全な部屋に帰るよ

いつになっても 晴れそうにない霧の中で

日々を、上記の「君」が「ナイフを握り閉めている」様子を想像して何とかやり過ごしていますが、本当は、深い「霧の中」のように視界が悪く自由に動けない状態、つまり、「魔法」に出てきたEPのテーマ「サビついた自由」の中で生きています。

マサムネさんの歌詞に出てくる「部屋」は心の中を表すことが多いのですが、今回もそのように思えます。心の中が「不完全」なのは続く歌詞に説明があります。

果てしないサバンナを行く しなやかで強い足で

夕暮れのサバンナを行く ふり向かず目を光らせて

血まみれの夢許されて心が乾かないうちに

サルからヒトへ枝分かれして ここにいる僕らは

「サルからヒトへ枝分かれ」せずに、そのまま「サバンナ」(熱帯草原)で暮らすパラレルワールドでは、僕らは、非常に力強く、遠くまで目を光らせ獲物を仕留めることだけを夢見て暮らしています。

「血まみれの夢」というのは、狩りをして獲物を仕留めることですね、動物が生きていく基本です。本能のまま生きるていると言ってもいいかもしれません。

しかし、「許されて 心が乾かないうちに」「ヒトに枝分かれ」人類の世界ではそれは許されることではなくなりました。まだその「夢」を持ったままの状態なのに、「ヒト」として生きていかなくてはならなくなりました。

ですから、「不完全」な状態で「いつになっても 晴れそうにない霧の中」と言っています。

蜜柑色の満月が膨らむ午後6時に

シルバーのビートルを見かけたんだ20号で

今度こそ何かいいことがきっとあるだろう

いつになっても 晴れそうにない霧の中で

先ほど「夕暮れのサバンナ」とありましたが、ちょうど同じくらいの時刻に「蜜柑色の満月が膨ら」んでいます。この二つの情景は少し近いイメージでしょうか。

「シルバーのビートルを見かけた」ビートルを見ると幸運というジンクスが流行った時期があったそうですね、それに加えて、「シルバー」が純真無垢を表すこと、「ビートル」は昆虫のカブトムシに似ていることで、”サバンナの自然”と近いものを見たという意味合いもあるように思います。

だから、「今度こそ何かいいことがきっとあるだろう」

これは、君とハンティングナイフが関係しているのでしょう。

幼く弱い君がハンティングナイフを握りしめ獲物を狩ろうと目を光らせるという、動物的に強い様子を想像すると力が沸いてきて日々を生きられる。この”弱さ”は自分自身でもあるので、そこに生きる力を与えることで、自分自身も力を授かることができるのです。

君は小さくて 悲しいほど無防備で

無知でのんきで 優しいけど嘘つきで

もうすぐだね 3月の君のバースデイには

ハンティングナイフのごついやつをあげる 待ってて 

魔法」に君の存在により溢れるように生み出される力」もEPのテーマだと書きましたが、ここまで読んでくると、それがわかるように思います。

おそらく「君」とはまだ出会えたばかりで、その君のおかげで力を授かることができました。「今度こそ何かいいことがきっとあるだろう」と思えたのは君のおかげです。

 

自然の一部として本能のままに生きる動物から切り離された人類は、孤独の中で生きています。孤独は不安を呼びます。特に理性と効率が求められる現代資本主義社会の中では、他者とのつながりを求めることが孤独を癒す唯一の方法となります。孤独を癒す他者とのつながりとは、一時的なものではなく、また共依存の関係ではなく一人の人間として生きる強さを持った時に初めて持つことができます。独立した人間同士のつながりが孤独を癒すつながりとなるのです。

 

孤独から生まれる不安と閉塞感の中で生きていた主人公が、君との関係で力を与えあうことによって強くなり、明るい光を見出し、EPのテーマ「偽物の明日」から「本物の明日」への希望をも見出すことが出来た。

君によって力を得た「不完全」な心は、今後「完全」になれるのかもしれません。