五千光年の夢

「五千光年の夢」は1991年3月に発売された1stアルバム「スピッツ」に収録されました。

作詞・作曲:草野正宗、編曲:スピッツ

※2020.8.20 後半部分を大幅に修正しました。

五千光年の夢が見たいな うしろ向きのままで

涙も汗も吹き飛ぶ 強い風に乗って

すべてが嘘だったとわかった

お弁当持ってくればよかった

なんだか寂しいな なんだか寂しいな

地球から五千光年の距離には、ラグーン星雲があるそうです。ラグーン星雲の特徴は”新たな星が生まれる”こと、ということで、「五千光年の夢」というのは新しく生まれることかな?と予想します。

「うしろ向きのままで」ということなので、決して前向きな力強い感じではなさそうですね。そして、自ら進むのではなく「強い風に乗って」強風に連れて行って欲しいというところから消極性もうかがえます。「涙も汗も」というのは”悲しみも大変だったことも”、という意味でしょうか、そういったことも全て風に吹き飛ばして欲しいようですね。

続く「すべてが嘘だったとわかった」「なんだか寂しいな」という気持ちが、うしろ向きで消極的な理由のようです。落ち込んでいるようなそんな印象です。

「お弁当持ってくればよかった」寂しさは空腹や寒さで助長されますので、せめて空腹を満たしたいという、寂しい気持ちを強調する上手い表現だなと思います。

五千光年の夢が見たいな 淡い緑のシャツ着て

頭ガイコツの裂け目から 飛び出してみよう

ゆがんだ天国の外にいて

ずるい気持ちが残ってるから

ちょっと照れくさくて ちょっと照れくさくて 

「淡い緑」は若葉をイメージしますので、新たに生まれるという先ほどの予想は当たりかなと思います。

「頭ガイコツ」の中にあるのは脳、そして、「ゆがんだ天国」とありますから、自分の殻に閉じこもった世界、自分に都合の良く解釈した理想の世界、自分の思い込みの世界、から「飛び出してみよう」と歌っているようです。

先ほどは「うしろ向きのまま」だったので、とても前向きな様子に思えます。

しかし、それでも、まだ「ずるい気持ちが残っている」ので、「ちょっと照れくさくて」と歌いこの曲は終わります。

しっかりと現実を見て、その中で新しくやり直そうと思ってもなかなか力強く一直線には進めないものです。まだ何となく都合よく考えてしまったり、進むのが怖くて誰かが何とかしてくれるような甘えた気持ちを持ったり...そんな正直な思いを最後の部分では歌っているように感じます。

 

さて、「すべてが嘘だった」とは何のことでしょう。

例えば恋愛のことなどとも考えられますが、生まれ直して思い込みの殻を破ってやり直すということから、一度挫折した音楽のことを歌っているのかな、と私は想像しました。

スピッツの歴史でいえば、自分のやりたいことを先さらに上を行く方法で既にやっているバンドがあると知った「ブルーハーツショック」、または、アマチュア時代にライブハウスのマネージャーに音楽性の勘違いを指摘されたことでしょうか。

「五千光年の夢」は、落ち込んだり迷ったりしながらも進んできたこれまでの音楽の道を歌っている曲のように私は思いました。

 

(以上の打ち消した文章を、以下の通り修正します)

それは、「ゆがんだ天国」の中にいた頃に考えていたこと、その全てだと私は思いました。

小さな子供は全能感を持っています。

「全能感」とは、自分はなんでもできて、なんにでもなれる、特別な存在である、というものです。

しかし、実際の人間はそうではありません。

本当はなにもできず、何者でもないちっぽけな存在なのです。

思春期はその理想の自分と現実の自分との間の葛藤に苦しみます。

そして、それを認めた上で、改めて自分の出来ることをしていこうとするのが大人になるということです。

 

この曲は、思春期を経て、自分自身を正面から見つめられるようになり、まだ葛藤がありつつも、等身大の自分でやっていこうと決意する青年の心境を歌ったものだと思いました。

 

皆さんはいかがでしょうか。