タンポポ

タンポポ」は1991年3月に発売された1stアルバム「スピッツ」に収録されました。

作詞・作曲:草野正宗、編曲:スピッツ

*2020/8/15 三段目について追記しました。

僕らが隣り合うこの世界は今も

けむたくて中には入れない

山づみのガラクタと生ゴミの上で

太陽は黄ばんでいた

私はこの曲は戦争について歌ったものだと思っています。

「爆撃によるひどい粉塵と、山積みの瓦礫と、山積みの死体の上で、濁る空気により太陽も黄ばんで見える」、そんな世界が「今も」自分たちがいる世界のすぐ「隣」にある。

過去、日本も同じ戦禍の中にありました。

そして、戦争や紛争は、その後も治まることを知らず、世界のどこかで続いています。

くるくる回るくる回る 空も大地も

始まりのチャイムなったらもう君に会えない

ふんづけられて また起きて道ばたの花

ずっと見つめていたよ

地球はどんどん回り、時間はどんどん進んでいきます。

時が進んだ時、もし「始まりのチャイム」がなれば、「もう君に会えない」。

この「始まりのチャイム」とは、太平洋戦争開戦の朝、ラジオ放送で流れたチャイムのこと。

つまり、戦争が始まれば、死が二人を分かつということでしょう。

www2.nhk.or.jp

過去、日本は敗戦し、戦後を何とか乗り越えてきました。

「二度と戦争は起こさない」と誰もが思い踏ん張って復興してきました。

タンポポは、ひどく痛みつけられて、そしてようやく立ち上がった日本の象徴です。

逃げ出してつかまった最後の冒険

おデコに大きな傷をこさえて

真っ赤なセロファンごしに見た秘密の庭を

今も思い出してるよ

夜の生き物を観察する時、赤いセロファンを懐中電灯につけると動物は赤い光のために驚かず、また人間の目にも優しいそうです。

ある夜、夜の生き物を観察したくて、赤いセロファンをつけた懐中電灯を持ち抜け出して、暗いので転んでおデコに傷を作ったのでしょう、そして、連れ戻された、そんな近い子供時代の「冒険」があるようです。

子供にとって夜の庭は、暗闇の中の特別な「秘密の庭」です。

そして、そのことを、「今」思い出すことで、「戦争中、夜の闇に紛れて逃げ出すが捕われひどく傷つく」ことも脳裏に浮かんで来ます。

赤いセロファンをつければ、赤の光しか見えなくなりますから世界は赤になります。

空襲の赤、戦火の赤、血の色の赤...

楽しい思い出と、恐ろしい想像が合わさって、すさまじい恐怖が見えてくるようです。

 

追記:実際に、戦争経験者が体験談を語ってくださる場で、学習者は赤いセロファン越しに周りを見て戦火の様子を体験するのだそうです。

私はそのような経験がなくネットの記事から知りました。

この段はそのように戦争について体験者から聞き学んだことを歌っているのかもしれません。

何かが解かっても何も変わらない

立ったまま心はしゃがみこんで泣いていた

ふんづけられて また起きて道ばたの花

ずっと見つめていたよ

戦後、誰もが「もう二度と戦争はしない」とあたり前のように思っていた時代は過ぎていき、1980年代半ば中曽根内閣時代(ちょうどこの曲が作られた頃です)、日本には再び戦争に関わりそうな空気がありました。

関わるということは突入する可能性が見えてくるということです。

あれほどの戦禍を被り、戦争の恐ろしさ愚かさについて日本人は「解かった」はずなのに、また戦争の空気とは...「何も変わらない」

そんなとてつもない絶望感を「立ったまま心はしゃがみこんで泣いていた」と表現しています。

そして、戦後日本の象徴のタンポポを見つめています。

くるくる回るくる回る 空も大地も

始まりのチャイムなったらもう君に会えない

ふんづけられて また起きて道ばたの花

ずっと見つめていたよ

どうかこのまま僕とここにいて欲しい

どうかこのまま僕とここにいて欲しい

ふんづけられて また起きて道ばたの花

ずっと見つめていたよ 

 「どうかこのまま僕とここにいて欲しい どうかこのまま僕とここにいて欲しい」

ここで繰り返されるフレーズは、戦争反対!と声高に叫ばれるよりも、戦争の恐ろしさ、残忍さを、身近な叫びとして心に直接訴えかけられるような気がします。

いくら踏まれても立ち上がる、誰もが知っている雑草「タンポポ」の花を歌詞に載せることで、日本の戦後の厳しい道のりを一瞬で聴き手にわからせるという方法も素晴らしいと思います。

 

タンポポ」は一人の青年の個人的な思いを語るような表現を使うことで、聴き手にとっても身近なものとして感じさせ、より大きく心に訴えられるという、非常優れた「戦争に対する思い」を歌ったものだと私は思いました。