夏の魔物

夏の魔物」は1991年3月に発売された1stアルバム「スピッツ」に収録されました。

作詞・作曲:草野正宗、編曲:スピッツ

古いアパートのベランダに立ち

僕を見おろして少し笑った

なまぬるい風にたなびく白いシーツ

魚もいないドブ川越えて

幾つも越えていく二人乗りで

折れそうな手でヨロヨロしてさ 追われるように

マサムネさんらしい、情景がはっきり浮かんでくるような歌詞で、説明されなくてもわかることがたくさんあります。

「僕を見下ろして少し笑った」僕がアパートまで迎えに来て、相手がそれを待っていたこと、「ベランダ」で「なまぬるい風にたなびく白いシーツ」風が強くよく晴れた暑い日であること、「幾つも越えて」とても遠いところまで出かけて行っていること、「折れそうな手」男性である僕の手が細いことから少年と言ってもよい年齢であること、「二人乗り」「ヨロヨロ」から自転車に二人で乗っていること、「追われるように」余裕がなく慌てた様子であること。

それから、「白い」から純白、清潔感を感じさせ、それを「魚もいないドブ川」との対比で強めているのが印象的です。強めているというのはつまり重要でしょうから覚えておきます。

幼いだけの密かな 掟の上で君と見た

夏の魔物に会いたかった

私が子供のころ、友達同士で話題になった呪いの話のようなものがありました。

「〇〇が△△に出たら□□になる、これは誰にも言ってはいけない、言ったら呪われる、呪いを解く方法は...」といったような内容だったと思います。

幼く純粋だった私は本気で信じてしまい、恐ろしくて親にも言えずに一人恐怖に泣いた夜もありました。後に異変を感じた母親が事情を聞いて助けてくれましたが、当時は本心から恐ろしかったですね。

思い返すと自分の子供っぽさに呆れもしますが当時は本気でした。

皆さんにもこんな思い出はありますでしょうか。

この歌詞に出てくる「幼いだけの密かな掟」からはそれを思い起こさせます。

夏の魔物に会う」とは、そういった類の子供時代独特の思い出ではないでしょうか。

そう考えると先ほどの段でとても素晴らしいなと感じられることがあり、それは、僕を見て満面の笑みを見せるのではなく「少し笑った」のは、これから迎える「夏の魔物」が怖かったからなのかもしれないと連想させられることです。

大粒の雨すぐにあがるさ

長くのびた影がおぼれた頃

ぬれたクモの巣が光ってた 泣いてるみたいに

ここにもたくさんのメッセージが込められています。

「シーツ」をベランダに干せるほどに晴れていたのに、「すぐにあがる」「大粒の雨」が降っていることから、今が気候の変化の激しい盛夏であることがここでも伺われます。

「長くのびた影」から、雨は上がり、今は西日が射す夕方で、影が「おぼれた」ように見える大きな水たまりができるほどの激しい夕立だったようです。

「泣いてるみたい」と、自分たちの心境を光る雨粒に反映させています。やはり怖いのでしょう。

「クモの巣」でそれを表現しているのは、夏であることを表すためです。蜘蛛の巣は夏の季語です。*1

蜘蛛の巣が張るような、例えば林の中のような自然の多いところにいるのかもしれませんね。

殺してしまえばいいとも思ったけれど 君に似た

夏の魔物に会いたかった

「君に似た」から想像したストーリーがあります。

”子供たちの間で、夕立の後にある場所で「夏の魔物」に会えるという噂があった。それを確かめるために二人は件の場所までこわごわとやってきた。そして実際に「夏の魔物」を見た。しかし、子供時代にはわからなかったけれど、実はその「夏の魔物」とは、夕立により溜まった水に映る覗き込む本人の影だった。あれは君が映った影だった。”

大人になった今、また「夏の魔物」に会いたい。

先ほど、「白い」から純白、清潔感を感じさせると書きましたが、どうしてまた会いたいのかという理由はこれではないでしょうか。子供時代の純真な心を取り戻したいという気持ちです。

「殺してしまえばいい」というのはおそらく大人になってしまった現在の自分の正直な感情や思い、心でしょう。殺してしまえば、社会に合わせていれば、ある意味楽に生きられる。大人の社会は、子供のように純粋には生きられない部分があります。

あの頃は、子供同士のたわいない噂話を本気で信じるような、純粋で、真っ白な心を持っていた。そんな心を取り戻したい、だから「夏の魔物」にまた会いたい。

幼いだけの密かな 掟の上で君と見た

夏の魔物に会いたかった

僕の呪文も効かなかった

夏の魔物に会いたかった 

「僕の呪文も効かなかった」おそらく、子供時代の噂では「夏の魔物」に会うには呪文が必要だったのでしょう、それを同じように唱えてみた。でも、あの時には会えた「夏の魔物」に再び会うことは出来なかった。もう僕は大人になってしまったのです。

 

人はある時期から大人になったことを受け入れて”上手く”社会の中で生きていかなければならないのですが、マサムネさんの中にそれを寂しく思い、疲れ、抗いたい気持ちが若い頃には特に強くあったのかもしれません。

 

また、「君」には恋心を抱いていたのかもしれません。

君についての表現が僕を見下ろす「笑顔」であることや(笑顔を覚えている)、「君と見た」ことを強調していることから、そんな風に感じました。

淡い恋心を覚えた君との二人きりで出かけた冒険の思い出。もう失くしてしまった、子供時代の懐かしい、もう二度と取り戻せない、ただ純粋に恋をする気持ち。

夏の魔物」に会いたい理由の中にはそれを取り戻したいという気持ちもあるのかもしれません。

 

夏の魔物」はそういった心境を歌った曲のように思いました。

 

※余談ですが、「君」が住んでいたのは「古いアパート」なので、もしかしたら、社宅の団地のようなところに住んでいて、この後にすぐに転勤で引っ越してしまったのかな、だから誘って「夏の魔物」に会いに行ったのかな、などと考えたりもしました。「少し笑った」のは寂しいのもあるのかもしれない。いろいろと想像が膨らんでいく歌詞でした。

*1:マサムネさんは歌詞の中に季語を入れているとインタビューで答えています。