うめぼし

「うめぼし」は1991年3月に発売された1stアルバム「スピッツ」に収録されました。

作詞・作曲:草野正宗、編曲:塩谷哲

うめぼしたべたい

うめぼしたべたい僕は今すぐ君に会いたい

とても寂しい

とても寂しい僕は今すぐ君に会いたい

「うめぼしがたべたく」て、「とても寂しく」て、「今すぐ君に会いたい」僕。

寂しさの正体が続きます。

値札のついたこころ 枠からハミ出せない

星占いで全てかたづけたい

知らない間に僕も悪者になってた

優しい言葉だけじゃ物足りない

それは、「知らない間に」「悪者になってた」ことのようです。

「僕」とありますので、”ああはなりたくない”と思っていた人物に自分もいつの間にかなってしまっていた。

そんな自分に対する絶望的な失望感が「寂しさ」の正体のようです。

「悪者」とは、「値札のついたこころ 枠からハミ出せない」から、いつのまにか、評価されることを恐れて、自分の心を設定された枠内に抑え込んでいることを指しているようです。

加えて、「星占いで全てかたづけたい」今日がいい日なのか悪い日なのか、何をすればいいのかなど全て他人まかせにして、自己決定を避けたい気持ち、自分に対して全く自信を無くしている様子がうかがえます。

そんな自分に対する失望による「寂しさ」は、「優しい言葉」を掛けてもらうことでは埋められず、「今すぐ君に会いたい」という気持ちに繋がるようです。

うめぼしたべたい

うめぼしたべたい僕は今すぐ君に会いたい

「”うめぼしたべたい”という歌詞は後から付け加えた」とマサムネさんはインタビューで話されていますが、私は、うめぼしは味が非常に刺激的で、食べていることを強く実感できることから選んだのかな、と思いました。

まるでうめぼしを食べるように自分が生きていることを強く実感できることが、自信喪失している「寂しい」自分には必要だということを、誰にでもわかるリアルな表現で、切実に表されているように思います。

穴のあいた長ぐつで水たまりふんづけて

涙が出るほど笑いころげたい

「悪者」でない自分は、失敗するとわかっている馬鹿げたことをわざとふざけて行い、心の底からそれを笑い楽しんで、心は解放されているようです。

対する現在が、世間に合わせて、行儀よく、抑圧されているということがよくわかる歌詞です。

知らない間に僕も悪者になってた

優しい言葉だけじゃ物足りない

うめぼしたべたい

うめぼしたべたい僕は今すぐ君に会いたい

「君に会う」ことでその解放が可能になるので、言葉だけじゃなくて、実際に会いたいのですね。 

 

人間は、自分自身に失望し、自信をなくしている時に一番寂しさを感じるものなのかもしれません。

子供時代には当然だった自然な心の状態が、大人になることで許されなくなる。

自分だけはああいう風にはならないと思っていたのに、いつの間にかそんな大人になっていたという自分に対する絶望感、失望感。

それを埋めてくれる人物が、心を許せるパートナーであり、二人で会っている時間が唯一本当に心を解放できて、心の穴を埋めて満たしてくれて、そして、自分を認めることができる。

それが、パートナーを得ることの最大の目的であり、人間にとっては大切なことであることを、この歌は教えてくれているように思いました。