ヒバリのこころ

ヒバリのこころ」は1991年3月に発売された1stアルバム「スピッツ」に収録されました。

作詞、作曲:草野正宗、編曲:スピッツ

僕が君に出会ったのは

冬も終わりのことだった

降り積もった角砂糖が溶け出してた

この曲のタイトルに出てくる「ヒバリ」は「春を告げる鳥」と呼ばれています。

歌詞にも「冬の終わり」「降り積もった角砂糖が溶け出してた」とありますので、これから春になる頃のお話のようです。

雪は降り始めは軽くサラサラですが、そのうち水分を含んでボッテリとした重いものになります。それが、地面で「角砂糖」のように固まり、季節が進むと溶け始めます。目の前に情景が浮かぶようですね。

そんなころに、僕は君に出会いました。

白い光に酔ったまま

レンゲ畑に立っていた

目をつぶるだけで 遠くへ行けたらいいのに

(今回は、僕が君に出会うよりも前の部分を青字にしてみました)

「白い光」は、前の段からわかるように雪が反射する光で、まだレンゲ畑が一面雪で覆われている頃、一人でそこに立ち尽くしてぼんやりとしていたようです。

そして、「目をつぶるだけで 遠くへ行けたらいいのに」と、遠くへ行きたい気持ちと、行けないだろうという気持ちが複雑に交錯している様子が感じられます。

また、「ヒバリ」は「田園風景の春の風物詩」とも言われていて、ここで「レンゲ畑」と田舎にいることが重ねて歌われますので、「田舎」から遠くへ行くことが強調されています(このようにさりげなく印象を強める手法はさすがだなと思います)。

僕らこれから強く生きていこう

行く手を阻む壁がいくつあっても

両手でしっかり君を抱きしめたい

涙がこぼれそうさ

ヒバリのこころ

Oh Ho・・・  Oh Ho・・・  Oh Ho・・・ 

それが、君と出会うことで「強く生きて行こう 行く手を阻む壁がいくつあっても」と勇気と強さを得ることが出来たようです。

しかし、「両手でしっかり君を抱きしめたい 涙がこぼれそう」と、まだ嬉しさの中にもどこか不安そうで、思わず「がんばれ!」と応援したくなります。

何がそんなに不安なんでしょうか。

いろんなことがあったけど

みんなもとに戻っていく

ここにいれば大丈夫だと信じてた

水槽の熱帯魚から離れられなくなっていた

僕が僕でいられないような気がしてたのに

これまで生きて来た中でも、いろいろな失敗や後悔があったけれども、子供の頃から馴染みがあり、自分をよく知ってくれている人々のいる「ここ」にいれば、安全に守られて何とかなってきた、これからもきっとそうだろうと思う。

けれど、自分は「目をつぶるだけで...」とあったように、遠くに行きたい気持ちも持っています。

そんな中、「水槽の熱帯魚」が安全に管理された狭い世界を優雅に美しく泳いでいる姿を見ていたら、外に出て危険を冒すことが非常に恐ろしく、「僕が僕でいられない」つまり、身を守る為に自分自身を偽って生きなくてはいけないかもしれないという不安が湧いてきて、目が離せなくなりました。

または、自分の今の状態をそういった「水槽の熱帯魚」のようだと感じて、そこから脱することができないという意味かもしれません。

「涙がこぼれそう」なほど不安なのは、安全に守られた世界から外に出ること、またそこで自分自身を見失うこと、のようです。

「気がしてたのに」と続くのは、君と出会って、そうでなくなった、勇気を持てたということですね。

遠くでないてる

僕らには聞こえる

魔力の香りがする緑色のうた声

顔じゅういっぱい

僕に微笑んでよ

風に飛ばされるまで気まぐれな 蝶

「遠く」というのは、これから僕らが進む道の先でしょう。

それは、先ほど重ねて出てきた「田舎」からの遠く、つまり「都会=東京」という物理的なものでもあり、また、守られた世界から遠いところという精神的なものでもあると思います。

鳴いているのはもちろん「ヒバリ」で、それが表す「春」は季節であると同時に、「緑色の歌声」から「新しいスタート」も意味していることがわかります。

「魔力」とは「人を惑わし、また引き付ける不思議な力」という意味ですが、「ヒバリ」の声そのものにそんな力がなかったとしても、二人はそのように感じているようです。実際、「僕らには聞こえる」とありますから、「出会った僕たちが強さと勇気を持ったことで、自分たちを導く声が聞こえるように思う」ということでしょう。

さて、「君」はいったい誰かという問題ですが、「蝶」とここで出てきましたので、僕にとって美しいと感じる女性のようですね。

「蝶」は、自然界で最も美しいとされるものの一つです、そして、人が近づくとふわっと逃げてします危うさも持っています。

「風にとばされるまで」「顔じゅういっぱい僕に微笑んでよ」

君の笑顔で僕は強くなれるし勇気も持てる、だからいっぱいに微笑んで、でも、君が僕の元からどこかに行ってしまうまででいいよ…。

ここにさりげなく「スピッツらしさ」が見えますね。

「永遠に続くものはない」と若い頃から知っていたマサムネさんらしい歌詞に思えます。

僕らこれから強く生きていこう

涙がこぼれそうさ

ヒバリのこころ

ヒバリのこころ

ヒバリのこころ

ヒバリのこころ」とは、新しい世界に飛び出していくこころ、という意味でした。

新しい世界に飛び出していくのは、若い頃は特に大変な勇気がいることで、一人でそれを成し遂げるのはとても不安であり、そこに共に歩んでくれる、味方になってくれる人物がいることは大きな力になります。

この曲はアマチュア時代から演奏されていましたから、上京した頃の心境をフィクションを絡めて歌詞にしたのかしれません。

しかし、その後のスピッツに訪れた様々な節目にも重なっているように感じますし、また、リスナーの様々な状況に寄り添ってくれるようにも思います。

このように普遍的な感情を上手く表現している「ヒバリのこころ」は、長く愛され、演奏し続けられている代表曲であることも納得な一曲だと感じました。