波のり

「波のり」は1992年9月に発売された3rdアルバム「惑星のかけら」に収録されました。

作詞・作曲:草野正宗、編曲:スピッツ

僕のペニスケースは人のとはちょっと違うけど

そんなことはもう いいのさ

ピンクのサーフボードで九十九里に沿って飛ぶのさ

君の町まで届くかな

「ペニスケース」とは先住民族の民族衣装の一種です。

それは衣服として身体を保護するものであると同時に、装身具として「勇敢さ」を主張するものとされます。

この曲でも、僕の「勇敢さ」と読んで行くと分かりやすいので、そのように解釈して進めていこうと思います。

 

また、この曲のタイトル「波のり」も、今はサーフボードを使ったウォータスポーツのことですが、ポリネシアで先住民たちが行っていた頃には、「勇敢さ」を示すものであったそうです。

今でも、どれだけ高い波に長く乗れるかが競われ、大波にチャレンジすることを良しとする傾向があるように思います。

 

波にチャレンジするためのサーフボードが「ピンク」であるのは、「チャレンジするのは君への恋心だ」と読めるでしょう。

 

九十九里」は、千葉県の九十九里浜のことだと思いますが、オーストラリアのゴールドコーストのように長く美しい砂浜の海岸線が有名です。

この表現で「君の町」が物理的に、あるいは心理的に、とても遠いことが思われます。

九十九里」という、長く美しい海岸線であることが周知の事実である固有名詞を出し、この一言でリスナーにイメージを共有させる作詞法は素晴らしいと思いました。

 

”僕の「勇敢さ」は人とはちょっと違うんだけれど、勇気を出して遠く離れた恋しい君の町まで行くことに決めた。決めたのだから、もうどうでもいいんだ。”

ここまでの歌詞はこんな意味でしょうか。

迎えに行くから どうか待ってて僕のこと仔犬みたいに

晴れた日の波のりは愉快だな

可愛く人懐こい仔犬を引き取るように、君が僕のところに来てくれるように迎えに行くようです。

「どうか待ってて」と懇願する言葉に、君に対する不安が覗くようにも思いますね。

枯れ果てたはずの涙も タンクに溢れてるのさ

このままで君はいいのかい?

くたびれたロバにまたがった ビキニの少女がその娘さ

僕の顔 覚えてるかな

涙が枯れ果てるほどに泣いて泣いて、それなのに、またすぐに溢れ出そうになっているのは僕でしょう。

「僕はこのままでは嫌だ、君だって嫌ではないの?」と問いかけています。

これにより、二人はかつて一緒にいて幸せだったのに、今は離れ離れになっていることが思われます。

 

「くたびれたロバ」とは君と一緒だったころの僕自身のことでしょう。

ロバは人や荷物を運んだり、農耕に使われたりと、様々に使役する動物です。

また、イメージとして、馬よりも一段劣るとされています。

そんな風に、すっかり疲れ果てていて、人よりも劣っている(と感じている)僕と一緒にいた「ビキニの少女」が「その娘」=君だ、というのですが、「ビキニ」は波のりのイメージと、それから、小さな衣装である「ペニスケース」と揃えているのでしょうね。

 

「僕の顔 覚えてるかな」は、僕と君がかつて一緒にいたことを示唆していて、同時に、まだ自分のことを心に留めていてくれるだろうか、という不安な気持ちも表現されているようです。

 

”涙が枯れ果てて、それでも、また溢れ出そうな程に恋しくて、このままではいたくない。”

かつては、自分に自信がなく弱く(「ロバ」、そして、「人と違うペニスケース」ですね。人と違うというのはつまり弱いということでしょう)、何かに疲れ果て、そのために二人の間の関係も上手くいかなかった。

もしかしたら一緒になることも考えていたけれど、自分の弱さによってそこへ踏み出すことも出来ずに別れてしまった相手なのかな、と想像しました。

迎えに行くから どうか待ってて僕のこと仔犬みたいに

晴れた日の波のりは愉快だな

でも、離れてみて、やはり恋しい気持ちが消えない。

 ”弱い自分だけれど、勇気を出して君を迎えに行くことに決めた。

だから、どうか僕のことを喜んで待っていてね。”

 

 「晴れた日の波のりは愉快だな」

”勇気を出して心を決めて、晴れ晴れとした気分でのチャレンジ、それは、大変に愉快なものだな。”

迎えに行くから どうか待ってて僕のこと仔犬みたいに

ユラユラと カモメ気分さ 晴れた日の波のりは愉快だな

さて、 「ユラユラと カモメ気分さ」という最後に出てくるフレーズですが、ここに大切な意味が込められているように感じました。

 

一つは、凝り固まった心から解放され、カモメのように自由に大空を飛ぶ心持ちであること。

 それと同時に、「愉快」と言いながら実はそれは空元気でもあり、本当は、心が不安で「ユラユラと」揺れ動いているということ。

”一度離れてしまった心が取り戻せるのか、勇敢さや自信が足りなかった僕が今さら勇気を出して挑んだところで、果たして君は僕のことをまだ心に留めていてくれているのか...”

 また、”考えても仕方がない、どうにでもなれ”、という気持ち。

 

そういった、僕の抱える複雑な思いが、この最後に出てくるフレーズによって感じ取れるように思いました。

もしも、この前の部分と全く同じ歌詞の繰り返しでしたら、そのようには感じず、全体にさりげなく挟まれた不安を感じさせる歌詞も気に留めず、この曲に対してもう少し単純な印象を持ったかもしれません。

 

マサムネさんの歌詞は、最後まで丁寧に読み飛ばさないようにしていくと、重要な発見があり本当に興味深いものだと、この曲を読んで改めて感じました。

波のり

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