日なたの窓に憧れて

日なたの窓に憧れて」は1992年9月に発売された3rdアルバム「惑星のかけら」に収録されました。

作詞・作曲:草野正宗、編曲:スピッツ

君が世界だと気づいた日から 胸の大地は回り始めた

切ない空に浮かべていたのさ かげろうみたいな二人の姿を

すぐに

気絶しそうな想いから放たれて

君に触れたい 君に触れたい 日なたの窓で

漂いながら 絡まりながら

それだけでいい 何もいらない 瞳の奥へ僕を沈めてくれ

 恋をすると相手のことでいっぱいになってしまいます。

特に「君が世界」だと気がつくような、そんな風に夢中になった相手では、それは相当なものでしょう。

「胸の大地は回り始めた」と、今まで一定だった感情(胸)には、まるで地球が回り季節が変わるような様々な変化がもたらされ、その結果「切ない空」脳内(空)は恋しく切ない気持ちに溢れ、輪郭を持たないぼんやりとした二人の姿を想像してしまいます。

 そんな、実体を持たない「気絶しそうな」空想から今すぐに放たれて、実際の君に「日なたの窓で」現実に「触れ」ることが僕の願いのようです。

日なたの窓に憧れてたんだ 哀しい恋のうたに揺られて

落書きだらけの夢を見るのさ 風のノイズで削られていくよ

いつも

僕の欲しいのは 優しい嘘じゃなくて

君に触れたい 君に触れたい 日なたの窓で

漂いながら 絡まりながら

それだけでいい 何もいらない 瞳の奥へ僕を沈めてくれ

「哀しい恋の」感情がうたわれたもの、それに「揺られて」動揺します。これは他人の作ったうたではなく、自分の感情のことを比喩的に表現しているのかもしれません。

また、「落書きだらけの夢」で安眠は遠のき、「風のノイズ」世間から聞こえてくる雑音に心は削られるようにすり減っていきます。

そんな状態の中で「日なたの窓に憧れ」ている僕、ということから、「日なたの窓」とは「安心や安定をもたらす状態」であるように思います。

「窓」をマサムネさんのよく使われる「心の窓」だとすると、そこが「日なた」であるということは、明るく温かく緩やかな、そのような心の状況になりたいということでしょうか。

そして、それは言葉ではなく、現実の君に触れることで初めて達成できると考えているようです。

ここでの「優しい嘘」というのは、どんなに優しい言葉であっても現実の触れ合い以外は信じることが出来ない、まるで嘘のように聞こえてしまう、といった意味で使われているように思います。

メリーゴーランド メリーゴーランド 二人のメリーゴーランド

メリーゴーランド メリーゴーランド 二人のメリーゴーランド

ずっと このまま ずっと ずっと

君に触れたい 君に触れたい 日なたの窓で

漂いながら 絡まりながら

それだけでいい 何もいらない 瞳の奥へ僕を沈めてくれ

前半で恋する切ない気持ちを歌い、後半では不安な気持ちが歌われていました。

そこから抜け出して、君と触れ合い、温かく穏やかな心の状態の中を漂いながら、男女として絡まりながら、このまま二人でずっとこのメリーゴーランドのような時を過ごしていたい。

メリーゴーランドは二人の男女の絡み合いを示すものでもあるでしょうし、煌びやかで夢のような世界でもあり、いつまでも回り続ける終わらないものの象徴であるようにも思います。

 

空想や心象の世界の不安定さは、現実によってのみ打ち消され、そして安定したものになる。

「触れて絡まること」は現実を、「瞳の奥に沈める」とは、実際に君に見つめられることで僕が安定した状態になることを指しているように思います。

 

「それだけでいい なにもいらない」という歌詞に、切実さを感じ、そしてとてもいじらしく愛らしい印象を受けました。

日なたの窓に憧れて

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