タイムトラベラー

「タイムトラベラー」は1993年9月に発売された「Crispy!」に収録されました。

作詞・作曲:草野正宗、編曲:笹路正徳スピッツ

うす暗い屋根裏で 見つけたその扉

ほほえむ静かに 埃をはらったら すぐに

誰だかわかるはず

時代のすき間へと つながるたそがれに

鳥居を抜ければ そこはまぶしい過去の国

涙をこらえてよ

ものごとを隔てるものは異界への入り口だと言われます。

屋敷の本体から切り分けられた「屋根裏」、空間を物理的に隔てる「扉」、昼と夜の境い目の「たそがれ」、神の国への入り口である「鳥居」。

様々なワードが用いられますが、この曲での異界は「時代のすき間」であり「過去の国」のようです。

「埃をはらったらすぐに誰だかわかる」というのは、写真か何かでしょうか。

誰の手に取られることもなく長い間そこに置かれたまま埃をかぶっているのですが、そこに見える人物は、過去の時間の中で静かにほほえんでいます。

そして、その人物がほほえんでいるのに対して、呼び掛けられている相手は「涙をこらえてよ」と今にも泣きだしそうな、またはすでに泣いている状態であることがわかります。

さあ 僕が産まれる前の

さあ 君と似ていたママに 答えをきくために

その人物は、「僕が産まれる前の 君と似ていたママ」でした。「産まれる」という漢字を使っていることから、具体的に「出産」を表していることが思われます。もしかしたらそれは、僕を妊娠中のママの写真なのでしょう。

よじれた歴史から 消せないあの街で

とびかう鳩さえ タマゴの中にかえってゆく

忘れているのかな

本来あるべき姿から乖離してしまった歴史を持つ街は多くあります。それは取り返しのつかないことで、起こってしまった事実を消すことは出来ません。

しかし、だからといって全てがそのままであるわけではなく、物事の多くは終わりを迎えれば新しく始まりを迎え、次々に循環し、また新しい歴史を作っていきます。

 「とびかう鳩さえ タマゴの中にかえってゆく」と聞いて思い浮かべるのは、「花は根に鳥は古巣に」ということわざです。これは「物事は全てその根源に戻る」という意味を持ちます。このことわざをもじって、「花(桜)が散って根の栄養となるように、鶯と同じ鳥である鳩でさえタマゴの中に帰り、また新たに生まれるのだ」と歌っているようにも思えます。

また、鳩は平和の象徴と言われますが、「よじれた歴史を持つ街だとしても、平和の象徴である鳩でさえも新しく生まれ変わるのだ」と歌っているようにも思えます。

例え事実を消せなくても、その後に変化していくことは出来ます。

そして、ものごとの多くは循環するということはつまり終わりを迎えるということは始まりを迎えるということで、終わることを決して必要以上に恐れることはないのです。

冷たい風になり 背中にキスしたら

震えて笑った 君のことを誰よりも

大事に思ってた

次に、僕の君に対する思いが歌われます。

君の背中に冷たい風のようなキスが出来る非常に近しい関係で、そんないたずらに笑って返されるような柔らかく仲の良い関係で、そして、そんな君を「大事に思ってた」と過去形で語られます。

これまでの歌詞の流れから、僕は、ママの体内にかえっていったのでしょう。鳩がタマゴの中にかえっていくように。

さあ 僕が産まれる前の

さあ 君と似ていたママに 答えをきくために

さあ 僕が産まれる前の

さあ 君と似ていたママに 答えをきくために

変わって行くために

僕を失い悲しみに暮れる君に、僕のママが僕を産んだように、ものごとは終わりを迎えても新しく始まりを迎える。それは決して悲しいだけのことではなく、僕の出産を控え静かにほほえむ幸せそうなママの姿が示すようにとても喜ばしいことでもあるのだよ、と語りかけます。

そして、「変わって行くために」と、どんなに起こって欲しくない出来事が起こっても、そこに留まり続けるだけではなくなにものにも変わって行けるのだよ、と呼び掛けます。

ママが「君と似ていた」と歌うところに、ママの写真が幸せな変化の時期のある瞬間をとらえたものであることから、君にもそのようになって欲しいと願う気持ちが表れているように思いました。

タイムトラベラー

タイムトラベラー

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