空も飛べるはず

 「空も飛べるはず」は、1994年9月発売の5thアルバム「空の飛び方」に収録されました。

作詞・作曲:草野正宗、編曲:土方隆行スピッツ

幼い微熱を下げられないまま 神様の影を恐れて

隠したナイフが似合わない僕を おどけた歌でなぐさめた

色褪せながら ひび割れながら 輝くすべを求めて

「神様」というのは、「何か大きなもの、善悪を判断するもの」というところでしょうか、ここでは、「世間が善しとするかどうか」「世間の目」という意味で用いられているように思います。

文脈から「神様の影を恐れて隠したナイフ」=「幼い微熱」と読めますね。

隠し持っているのは「ナイフ」ということで、尖っていてそれをこの世にそのまま出しても受け入れてはもらえないもののようです。

自分は実は思春期からずっとそれを持ったままなのですが、それをひた隠しにして世の中に同調して生きています。

なぜなら、世間に受け入れられない状態を続けるのはとても大変なことだからです。

それを「おどけた歌でなぐさめ」てくれたのは後に出てくる「君」です。

僕は、心の底にあるものを隠している状態は不自然だと思いつつもそれをやめられない、という非常な自己矛盾・暗さを抱えていて、しかし、君がそれを明るく紛らわせてくれました。

「歌」というのは、「君全体から奏でられるもの」ということでしょう。

君そのものが歌のように僕に多大な影響を与える存在だという比喩表現と考えます。

それから、僕は、君から得られる「なぐさめ」を糧に、どんなに色褪せたとしても、ひび割れたとしても、自分らしくこの世で輝けることを目指して、どうすればそれが叶えられるのかという方向に舵取りが出来るようになりました。

君と出会った奇跡が この胸にあふれてる

きっと今は自由に空も飛べるはず

夢を濡らした涙が 海原へ流れたら

ずっとそばで笑っていてほしい

一人きりでは叶えられなかった、本来の自分を生きるという幸せを君の存在が可能にしてくれた。

それはまるで奇跡のような出会いで、その喜びが胸に充満しています。

「きっと今は自由に空も飛べるはず」とその心の解放の大きさが表現されています。

反対に言えば、それまでの抑圧がどれほど大きなものであったかがわかります。

そして、微熱=夢を諦めかけて流した涙が全て流れ去った暁には、君にはずっと自分のそばにいて欲しいし、幸せであって欲しいと望みます。

ここから、自分にとって君の存在がどれほどに大きいか、そして、大切なものであるかが伝わってきます。

切り札にしてた見えすいた嘘は 満月の夜にやぶいた

はかなく揺れる 髪のにおいで 深い眠りから覚めて

続く歌詞は、君からそんな力を与えられた時の状況が語られます。

「嘘」とは心の奥に夢など持ってはいないということでしょうか、それを切り札にして逃げて、言わば表面上は楽に生きて来たのです。

それを「満月の夜にやぶいた」ということで嘘をつくのをやめたのですが、「満月の夜」から、男性がオオカミになること、理性を失うことなどが連想され、状況として君と性的な関係を持ったところで、ということがうかがえます。

続く「はかなく揺れる 髪のにおい」からもそれがわかりますね、「君の髪がはかなげに揺れ僕がそのにおいを嗅ぐ」まるで目の前に情景が浮かぶようです。

このあたり、とても繊細かつ妖艶な表現で、スピッツらしさが漂いますね。

そして、その時に、心の底に深く深く抑え込んでいた本心を目覚めさせました。

君との性的な触れ合いというのは、心の奥底をさらけ出しそんな変化をもたらすほどに、僕にとって大変に大きな出来事だったのですね。

※先ほど「歌」を「君全体から奏でられるもの」と解釈したのはこの箇所から導きました。

君と出会った奇跡が この胸にあふれてる

きっと今は自由に空も飛べるはず

ゴミできらめく世界が 僕たちを拒んでも

ずっとそばで笑っていてほしい

自分の夢は、世の中に受け入れられない「ナイフ」のようなものですが、これこそ本当に価値があるものだと僕は信じています。

ですから、僕から見たらこの世界はまるで「ゴミできらめく」ように見えるわけです。

ただ、それが良しとされている世の中で、自分たちが拒まれるのを免れることはできないかもしれません。

それはやはりとても辛く、そして、大変なことです。

けれど、僕にとっては、例えそうであっても嘘の人生を生きるよりも幸せなのです。

だから、そんな状況になっても君は僕のそばにいて欲しいし、また君も幸せであって欲しいと願います。

※ここからは私の感想です※

この部分の歌詞は先ほどと同じですが、こちらはとても切実で、僕の心の内が見えるようです。

同じ歌詞なのに、こちらは心にずしっと響くような気持ちになりました。

それは、君の存在で自分は力を得て幸福に生きていられるのだということがより説得力を持って伝わってきて、だからこそずっと存在して欲しいし、君も幸せであって欲しいというその気持ちの切なさに胸が締め付けられるような思いでした。

ずっとそばにいて欲しいということはずっといられないかもしれないという、笑っていて欲しいということは笑っていられないかもしれないという可能性を含んでいて、そこに無常の切なさを感じました。

※ここまで※

君と出会った奇跡が この胸にあふれてる

きっと今は自由に空も飛べるはず

夢を濡らした涙が 海原へ流れたら

ずっとそばで笑っていてほしい

自分が信じる道を逃げずに進むのはとても大変なことで、その大変さに諦めてしまう人がほとんどかもしれません。

しかし、それがあるのならば、例えいばらの道だとしても進むことは人生において大切なことなのだとこの曲は語っているように思います。

そして、それは一人では難しくとも、絶対的な理解者を得ることで、心が解放され、力を与えられ、まるで空も飛べるような自由な気持ちで進む勇気が持てることも同時に語られます。

合唱曲として生徒が歌うにはどうだろうと思う部分もないわけではないのですが、人間としてこれらのメッセージは思春期の頃に受け取りたいものであるのは確かだなと感じています。

空も飛べるはず(Album Version)

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