ラズベリー

ラズベリー」は1994年9月発売の5thアルバム「空の飛び方」に収録されました。

作詞・作曲:草野正宗、編曲:笹路正徳スピッツ

泥まみれの 汗まみれの 短いスカートが

未開の地平まで僕を戻す

あきらめてた歓びがもう目の前 急いでよ

駆けだしたピンクは魔女の印

水のようにまわり続けて 光に導かれていくよ

「スカート」は女性の象徴で、それが「泥まみれ」と無邪気で、「汗まみれ」と一生懸命で、「短い」と健康的で生き生きとしていて、僕が出会ったのはそんな女性です。

そんな自然のまま生きているような魅力を持つ女性に出会い、僕は、未開の地平のようにまだ若く未熟だった頃の自分に戻ったような気持ちになりました。

大人になった自分はどこかあきらめていて、もうあの頃のような気持ちを感じることはないだろうと思っていたのに、その女性によってその感覚を取り戻しました。

それで、これは大変と、急いでそこへ向かいます。

心がピンク色つまり恋に向かって駆けだしたのは、彼女が魔女であり、その魔法にかけられたからに違いないとしていて、それは、なぜそんな気持ちを取り戻せたのかわからないのだけれど、とにかくどうしようもなく惹かれてしまったということですね。そこに打算など何もありません。

そして、その恋に向かうことは、水の渦の中を流れるように自然でダイナミックで、希望の光に導かれるような歓びに満ちていました。

チュチュ 君の愛を 僕は追いかけるんだ 

どんなに傷ついてもいいから

もっと切り刻んで もっと弄んで

この世の果ての花火

歳を重ねると、もう恋愛で傷つくようなことは避けるようになります。

例えば、最初に探りを入れて相手に脈がなさそうならばもう危険を冒すことはしないし、安全な道を選ぼうとします。

しかし、今はそんなことはお構いなく、どんなに傷ついてもいいから君の愛を獲得するのだと、まるで恐れを知らない子供のようです。

むしろ、もっと切り刻んで、もっと弄んで、と、恋愛による痛みを感じたいさえと思っていて、この世の果てで花火を打ち上げるような大胆な気持ちです。

おかしいよと言われてもいい ただ君のヌードを

ちゃんと見るまでは僕は死ねない

しょいこんでる間違いなら うすうす気づいてる

でこぼこのゲームが今はじまる

穴を抜けてこっちへおいでと 五円玉の向こうから呼ぶよ

絶対に君を手に入れて、そして君のヌードを見る、つまり、肉体的に深い関係になるだけでなく、精神的にも君のことを隅々まで全て知ることができるまで僕は死ねないということで、ものすごく情熱的です。

それは、大人になった自分を取り巻く常識からしたらちょっとおかしいとされることかもしれませんが、そんなことはお構いないで、とにかく君に夢中で恋する喜びにあふれています。

なぜなら、僕は、自分が、常識というものを引き受けて背負いそれに則って生きていることは自分の本来と照らし合わせれば間違っている、ということにうすうす気づいていて、しかし、これまではどこかあきらめてその荷物を下ろさずにいたところを、彼女の存在がそれを打ち破ってくれたからです。

※さきほど「あきらめてた歓び」と出てきたのはこの部分とつながります。

凸凹とはその形から男女のことで、男女のゲーム、と言えば恋愛のことでしょう、思いが叶い、恋愛がスタートすることになりました。

そして、彼女がこの穴を抜けてこちら側へおいでよと僕を呼びます。

こちら側とは、先ほどの「泥まみれの 汗まみれの 短いスカート」の彼女が住むところで、僕がしょいこんでいるもの、後ほど出てくる僕の住む「ワク」とは無縁の世界で、そこで生きることは、自由に生きるということを意味します。

五円玉を抜けるというのがなにか象徴的で、ご縁とかそんなおめでたい感じもありますし、神社で神を前にするような異空間へ誘うような感じもありますね。

チュチュ 君の前で 僕はこぼれそうさ

ずっとワクの外へ すぐにも

もっと覗き込んで もっと潜り込んで

ねじれた味のラズベリー

常識のワクの中で生きていた自分でしたが、君を前にするとすぐにそのワクからこぼれ出そうになります。

もうそのワクのずっと外側へすぐにでも出ていきたい、誰かが決めたワクなど飛び出して、自分らしく生きたいという気持ちになります。

そして、君をもっと覗き込んで、君にもっと潜り込んで、君のことを存分に味わいたいと思いますし、そしてまた、君にも、もっと僕を覗き込んで、もっと僕に潜り込んで欲しい、と願います。

お互いに影響を与えあいたい、それが、二人でお互いにねじれ合ったラズベリーです。

凸凹がお互いに足りないところを補い合うようでもありますね。

ラズベリーは、ピンク色で、甘酸っぱくて、まさに恋愛そのものですし、それに、真ん中に穴が開いているので、中を覗いたり中に潜り込みたいという意味もちょうどよく加えられるので、この恋愛を表現するのにピッタリのフルーツだと思いました。

何度も「チュチュ」というキスの擬音語が使われているのもとってもいいですよね、前に前にという雰囲気が良く表されていると思います。

チュチュ 君の愛を 僕は追いかけるんだ

どんなに傷ついてもいいから

もっと切り刻んで もっと弄んで

この世の果ての花火

チュチュ 君の前で 僕はこぼれそうさ

ずっとワクの外へ すぐにも

もっと覗き込んで もっと潜り込んで

ねじれた味のラズベリー

ラズベリー」は、僕とは違う、自分の自然のまま生きる君との出会いによって、ワクの中で生きていた僕が自分の本来の気持ちを見つめなおして再発見し、そして自分と再度出会いなおすという、素晴らしい恋愛と、それによって獲得した本来の自由な自分を生きる歓びを歌い上げた曲でした。

恋愛とは、お互いが他人と出会い、他人を自分の中に入れ、また他人の中に入ることでお互いが本当の自分を発見していく、決して表面的になされることではない奥深い作業であり、それは自分らしく生きる上でもとても大切なことであるとも教えられたように思いました。

ラズベリー

ラズベリー

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