ヘチマの花

「ヘチマの花」は1994年9月発売の5thアルバム「空の飛び方」に収録されました。

作詞・作曲:草野正宗、編曲:笹路正徳スピッツ

二人の夢 ヘチマの花 見つめるだけで

悲しいことなど 忘れそうになる

恥じらうように たたずむ花 咲かせる日まで

さよなら言わない 何があっても

「二人の夢はヘチマの花」それは「恥じらうようにたたずむ花」

ヘチマの花には雄花と雌花がありますから、二人でそれぞれ同じ場所に咲き、恥じらいながらも喜びの中で一緒になること、それが二人の夢だと言っています。

二人の望む夢はただそれだけなのですが、しかし、何か悲しいことがあり叶えられないようです。

けれど、そんな幸せそうなヘチマの花を見ると希望が湧いてきて、悲しいことが忘れられ、きっと大丈夫だと思えます。

それで、その希望だけを望みにして、一緒になれるまで何があっても「さよなら」は言わないと強く決意します。

逆に言うと、「絶対に言わない」と決意しなくては、すぐにでも「さよなら」と言ってしまいそうな辛い状況に置かれているようです。

さびしい涙目に映るのは やがてあたたかな愛の花

深くミルク色に煙る 街を裸足で歩いている

いつの時も二人で

一緒になれないことでとても寂しく思わず泣いてしまうのですが、そんな時にも二人は愛の花であるヘチマの花をいつか咲かせるのだと思うと希望が湧き、やがて心があたたかくなるように感じられます。

二人はお互いを愛し大切に思っています。

しかし、置かれた状況は、吹雪に街が深く真っ白に煙るようなとても厳しい寒さの中を、誰にも何にも守られずたった二人だけで裸足で歩いているような、そんな状況です。

そんな耐えがたい厳しさの中でも、二人の心はいつも寄り添っていて、お互いを支え合っています。

二人の夢 ヘチマの花 かなえて欲しい

飛べない鳥だと 気づかされても

二人は、いつの時か、自分たちが飛べない鳥だということに気づかされました。

飛べないということは、自由がない、と言うことです。

物理的に一緒になることを選ぶ自由が自分たちにはない、けれども、一緒になりたいという夢をどうかかなえて欲しいと何か大きなものに祈ります。

祈る以外に方法がないのです。

やましい呟きの最後にも やがてあたたかな愛の花

深くミルク色に煙る 街を裸足で歩いている

いつの時も二人で

あとから後悔しそうな呟きを思わずしてしまった時、例えば、もう耐えられない、もうやめてしまおうか、などでしょうか、あるいは、恨みの言葉でしょうか、そんな時にも二人でいつか愛の花を咲かせることを思うと希望を感じ、そのうちに心があたたかく感じられるようになります。

この「希望」というものがどれだけ二人にとって大きな力となっているかが繰り返し歌われています。

置かれている現実は厳しく、吹雪の中を裸足で歩いているような状況です。

しかし、心はお互いを想う心と希望だけを頼りに、ただそれだけで強く寄り添い続けているのです。

具体的なことはわかりませんが、何かの事情で許されることはないであろう断絶の中に二人は置かれています。

この曲はデュエット曲で、男性と女性のボーカルが二人で同じく歌います。

それは、二人がお互いを等しく想っているということ、そして、花を咲かせることを願う二人の気持ちが全く同じ程度に強いものであることを表しています。

二人を分かつのは、自分たちに起因するものではなく、何か非常に強い外部の要因です。

自分たちではどうしようもないものに分かたれています。

どうあがいても何もできないという大きな悲しみの中、泣いたり、諦めそうになりながらも、いつか愛の花を咲かせるという希望だけが愛し合う二人を支えています。

この曲からは、絶望の中でも、希望を捨てずに持ち続けることでいかに強くあれるかを示されているように感じます。

そして、また、一人きりでなく、心が通じ合った相手と支え合うということがもたらす強さについても同時に示されているように思いました。

最後に、この二人は幸せなのか不幸なのか、それは読んだみなさんの解釈に委ねられているようです。

どう感じられましたでしょうか。

ヘチマの花

ヘチマの花

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